長崎の山あいにある人口およそ14,000人の町、波佐見。この町は400年にわたり、ほかの誰かのために磁器をつくり続けてきました。9月のはじめ、その波佐見で朝のひとときを過ごしてきました。
まず目に入るのは煙突です。レンガ造りの四角い煙突が何十本も、田んぼと低い木造家屋のあいだから谷にそびえています。そのほとんどはもう使われていません。煙突がつながっていた登り窯は、1960年代にガス窯や電気窯へと置き換わりました。それでも煙突はいまも残り、町はいまもそれを囲むようにして成り立っています。
波佐見の歩みは少し変わっています。藩主やヨーロッパの宮廷のために磁器を焼いた名高い隣町・有田とは違い、波佐見がつくってきたのは一般の家庭のための器でした。17世紀以降、日本じゅうで安く売られた素朴な飯碗や酒杯、いわゆるくらわんかです。波佐見は事実上、日常の焼きものを大量につくった日本で最初の産地であり、役に立つものをつくるという感覚は、いまも少しも失われていません。
分業という仕組み
いちばん驚いたのは、仕事の分け方でした。波佐見では、石膏の型をつくる工房、生地を鋳込む工房、釉薬をかけて焼成する工房、仕上げと出荷を担う工房がそれぞれ別にあります。ひとつのマグカップが、箱に収まるまでに四つの家業を渡り歩くこともあるのです。品質をそろえるための仕組みであり、波佐見焼がいつも薄く、むらがなく、きれいに仕上がっている理由もここにあります。
訪ねた窯元では、窯主のお母さんが小さな刃物で、ひと揃いのマグカップの釉薬をかけない口縁を削っていました。8秒ほどにひとつのペースです。口縁を素地のまま残すのは、釉薬をかけると角が丸くなり、すっきりとした線が失われてしまうからだと話してくれました。「どこかで土を感じられたほうがいいのよ」と。
私たちがこの器を選ぶ理由
Komorebiで扱っているマグカップは、まさに彼女が削っていたものです。珍しいものでも、高価なものでもありません。ただ、とてもよくできている。たいていの国の歴史よりも長いあいだ、よくできた食器のことだけを考え続けてきた土地でつくられた器です。Komorebiが届けたいのは、そういう道具です。